雪国の長い冬ごもりから解放される、春。「雪割納豆」には、人々の活気に溢れた喜びと、古くから繋がれた知恵、そしてたっぷりの愛情と栄養が詰まっていました。雪割納豆に魅せられた代表取締役社長 佐野恒平さんと、取締役副社長 佐野洋平さんに、お話を伺いました。
作り手の思い
「雪割納豆」、「五斗納豆」とは?
米沢ではお馴染みの「雪割納豆」、「五斗納豆(ごとなっとう)」とはどんな納豆ですか?
そもそも納豆は発酵していますよね?発酵しているのにさらに発酵させるのですか?
納豆を作って、そこに麹菌の米麹と、塩をまぜて、さらに発酵させた食べ物です。
はい。「雪割納豆」という商品は今から約60年ほど前に、前の会社の人が商品名で作って売り出したものです。
ではこちらは家庭の味というよりは、以前の会社が企画されて作った納豆なのですか?
「雪割納豆」という商品はそうです。でも「五斗納豆」は置賜地域、米沢で、期限は厳密には分かりませんが、もうだいぶ昔から各家庭とか、農家さんが作っていたものです。納豆は各家庭でつくられていたものですし、お味噌屋さんも昔はたくさんあったので、麹を作られている方もいましたから。それを商品化したのが「雪割納豆」なんです。家庭の味と言っていいのかはわかりませんが、いわゆる昔からある地域の食べ物であるのは間違いありません。
普通に考えれば、納豆だけでも発酵させて作るので手間がかかっているはずなのに、さらに発酵させる。それはやっぱりおいしいから?
結果的に美味しくなりますけれど、昔からある理由としては冷蔵庫のない時代に求められていたものだから、保存食なのです。納豆と麹を混ぜてそこに塩を入れていて。だいたい塩分濃度はお味噌ぐらい、8~10%ぐらい。今は味噌は買って食べていますが、50年前ぐらいさかのぼると、各家庭でお味噌を作っていたものです。あとはその地域にお味噌屋さんやお醤油屋さんなどがいっぱいあって、その方々が家庭に行って仕込んであげたりもしていました。そういうのがあった時代の保存食なのです。
ですと納豆を加工することでさらに日持ちがして、皆さんの家庭でたべられていたということなのですね。
秋口にお米も大豆も収穫されますよね?その時にとれたものを一年間使って食べていきます。米も大豆も。昔は藁で蒸かした大豆を包んでコタツの中に入れておくと、こたつの温度で納豆をつくっていました。そういうものをどうやって保存させていくかというと、塩か砂糖。甘くするか、しょっぱくするか、酸っぱくするか、保存の方法はありませんでした。冷凍の技術はありませんでしたからね。
ご飯で食べていました。ただお味噌のように塩分が高いので、今の納豆みたいな量をご飯にかけて食べるというよりも、少し塩分の高い漬物のような分類だったと思います。
「雪割納豆」の担い手として
この地域では「五斗納豆」としてつくられていて、それを商品化したのがこの「雪割納豆」です。五斗納豆は、秋から冬に仕込み、春から食べられます。冬に田んぼや畑に雪が積もって、春、農作業を早めたいとき、この地域ではよく雪をひっくり返しますよね。学校のグラウンドとかでも。土の付いた黒っぽい方を表にすると雪解けが早くなりますから。そういうのを農作業用語で、雪割り作業と言っていたのです。この「雪割り」が春の作業なので、60年前この商品を作った方は、春の雪解けが始まり雪ごもりしていた人々が活発に活動する様子を想い描き、この商品も春を迎えて飛躍していってほしいと「雪割納豆」という名前を商品名にしたんです。それは前の会社の「苦節50年」という本に書いてありました。
そもそもこの会社を引き継がれるようになったきっかけは?
以前は「まるよね食品」がつくっていました。うちの会社は水産の卸売業をやっていまして、会社の後ろにある場所をお貸ししていました。油揚げとか一般品もつくっていたのですが、会社を閉じることになりまして。もともと私たちもまるよね食品さんが雪割納豆を独自でやっているのは知っていたので、興味はありました。その時お店を閉じてなくなってしまうのはもったいないよね、と。じゃあ引き継ぐタイミングとしては、譲り受けたのではなく、倒産してしまったから、商標を買い取って、権利を買い取る形になりました。
その時にもともと作っていた方に伝承を受けたのですね?
創業された方は既にいらっしゃらないんですが、職人さんがいたので、その人に今も一緒につくってもらっているんです。
変えていません。新しい商品も出していますが、もともとの雪割納豆の味と製法は変えていません。地域的にみても、雪割納豆はこのあたりにしか無いもの。世界的に見ても、納豆をこういう方法で保存しているところはありません。
地域的に根付いているものだったので、残したいなと思ったんです。私は芸術工科大学で歴史遺産を学び、実家は魚屋だったので家業を継ぎました。しかし仕事をやりながら食という歴史の中で、何かを残したいという考えもあり、やってみようかなという流れになりました。
今、昔ながらの雪割納豆を軸に、新しいシリーズも出されていますね。それはどんな理由からですか?
新しいのをつくって、現代の人に食べてもらえる接点が増える、コミュニケーションの機会を増やす、というのが新商品の目的です。今3種類あります。
プレーンと、唐辛子入りと、新潟の発酵調味料のかんずりを入れたものと。あと完全無添加バージョンも。
雪割納豆はあくまでレシピなのです。納豆に塩と麹を入れて冬の間寝かしつけていた「五斗納豆」というものを60年前に商品化して「雪割納豆」にする時のレシピ。無添加というのは、商品化される前の、何もやっていない五斗納豆なのです。
何もやっていないというのは、塩を入れないということですか?
塩は入れています。納豆と塩と麹だけ。そこに、雪割納豆には水飴とか調味液を足して食べやすい味になっているのです。
今の時代、健康ブームでオーガニックの人気が高まり何も入れないものが欲しいという人がいて。
変わりません。賞味期限のポイントは塩ですから。だいたい食品は5%を割って来ると賞味期限、腐敗化する期限が活発になってきてしまうのですが、塩分が高く、空気に触れさせないでおくと、だいたい物は腐敗しません。味噌と一緒で3年味噌、5年味噌とか、発酵し続けてだんだん黒くなっていくけれども腐りません。
米沢だけでなく、保存技術は日本全国でいろいろありますよ。
保存技術に関しては、米沢が、ではなく、日本が高いのだと思うので、それはちがうかな。日本全国に発酵という技術を使った保存食があります。
「雪割納豆」をもっと自由にご家庭で
友達が納豆汁、納豆鍋にして食べていました。食べ方は人それぞれなのですか?
ご飯に乗せてたべるのが一般的ですが、各家庭でそれぞれあるでしょうね。おにぎりの具にする人とか。意外と味がしっかりしていますので。
おにぎりですか。腐ったりしないから、ぴったりですね。
基本的にはご飯のお供として食べられてきたもの。納豆汁にしていた人はいたと思いますけれども。そこから食べ方提案をしていかないと、結局しょっぱくて食べられません。私たちは、おにぎりや、お茶漬け、お粥に使ってもらうのが、一番理に適っていると思ったわけです。
お茶づけ、おいしそうですね。飲んだ後に塩分ほしくなるので。
塩分もそうだし、例えばおにぎりなら、あったかいご飯にいれても、いわゆる腐敗しません。さらに納豆を発酵させていくと、アミノ酸が増えます。これは慶応大学と一緒に研究をやってデータもあります麹というのはもともと糖なので、これが分解が進むとブドウ糖に変質していきます。
旨みは納豆のアミノ酸が旨み成分、アミノ酸いろいろありますけれども、それが増えていきます。さらに糖質、ブドウ糖がどんどん増えます。
基本的に発酵過程というのは、化学的に言うと、たんぱく質の分解を促進して低分子化していくこと。そして体に吸収しやすい分子レベルになっていくのが、人間から見た発酵の課程です。その中で雪割納豆は低分子化されていく中で、旨み成分が増えていくわけです。タンパク質は食べても味がしないので。
タンパク質が低分子化し、いろいろなアミノ酸が舌にのることで、甘いとか苦いとかすっぱいとか、味覚の方に発展していくのです。
味覚も感じやすいし、身体の吸収もしやすくなるのです。
では皆さんの家庭でアレンジすることで、もっとおいしさが増すのですか?
ただ、塩分が邪魔になるので昔から言うように、塩梅を考えてあげることも必要です。うまく昔の調味料を今の食卓で取り入れるのに、おにぎりやお茶づけやお粥が向いているでしょう。ブドウ糖はいわゆる脳みその栄養成分。たとえば勉強するときの夜食にお粥を食べれば、腸に負担をかけずに栄養価も高く、脳の栄養にもなります。飲んだあとにお茶づけにすれば、皆さんがよく飲まれるドリンク、あれはアミノ酸なので、お茶漬け食べてもらえれば、そういうサプリ効果も期待できますよ。というのが、おにぎり、お茶漬け、お粥というのが、ご提案の意図です。
マラソンのランナーにも良いですね。アミノ酸をとるために、ブドウ糖もとれますから。
それを聞くと、とりあえず冷蔵庫に入れておいて、気が付いた時に食べれば、おいしいだけじゃなく、健康食であり、良いですね。
冷蔵庫に入れておかなくても本当は腐りません。空気の量を減らしてあげれば。今の発酵食品はみんな常温で売っていますよね?スーパーのお味噌など。あれはアルコールを添加して発酵を止めているからできるのです。
勘違いしていけないのは、発酵を止めた菌と生きている菌は腸内での役割が違うということが最近の研究で分かってきていることです。例えば乳酸菌製品にもいろいろあり、表示を見ると、死活菌と書いているものがあります。死んでいる菌が腸内に届くと菌の食べ物になります。阿部さんが腸内フローラを形成している中で、例えば死んでいる菌を食べても、身体の菌を維持するための重要な食べ物になるのです。逆に腸内細菌を増やしたい時には、生きた菌をとればいい。死んでいる菌にも十分意味があります。雪割納豆は、生きた納豆菌も麹菌も、その他に含まれている乳酸菌なども、全部生きて届けますというのが昔からやっている技術です。
アルコール添加をしてしまうと、菌が死んでしまうので、納豆ではなくなってしまいますよね。糸がひかなくなりますから。常温に置いておくと、発酵し続けてしまうので、袋が徐々に膨張。ですから、空気を抜いて、冷蔵庫に入れることで発酵の活性化を防いでいます。
ほんとスーパーフードですね。佐野家では冷蔵庫にいつも入っていて、お酒を飲んだ日には食べる、という感じですか?
俺はおにぎりが多いですね。のりはまいてもまかなくても。
お弁当の付け合わせには少し考えてあげた方がいいかもしれないね。臭いもしっかりしているから。子どもがかわいそうになるから。
「雪割納豆」とこれからも。
僕は米沢の人にはまず食べてほしいと思っています。米沢発祥の特異な文化ですから、それを知るということが、米沢を知ることに繋がります。単純に納豆を食べているというところから、一歩踏み込んでいくような食のスタイルが重要。私たちはあくまで事業承継したわけですけれども、僕らもたぶん皆さんと同じで、つくった人ではありません。他人です。他人が単なる食べ物に摂以上のことを求めるのは、それをよく知ることなのだと思います。よく知ってもらい、そこから愛着が生まれる。お酒が好きな人はお酒のことを良く知っていますし、お魚好きな人はお魚のことをよく知っています。発酵食品が好きな人は発酵のことを良く知っています。私はこの事業を承継して一番思ったのは、米沢をよく知るきっかけになったということです。発酵知識もそうですし、歴史的知識だったり、民族的知識だったりも大分勉強してストックしましたけれども、改めて思うのは米沢を知るきっかけになったということですね。ハードルは人それぞれあっていいのですが、まずは子ども達には食べてもらって、それをちゃんと大人が語れる社会が豊かだと思います。結局そこから外から入ってきた観光客にこれはなんですかと聞かれたときに、応えられることが米沢の魅力を伝えることで重要です。そういうコミュニケーションを米沢の人がやっていけば、米沢のポテンシャルというのはすごいあがると思います。最近そんなふうに思うようになりました。
私は、残したいから残しているという感じです。残したいものは大なり小なりあるけれども、結局人が残しています。大きいモノで言えば、熊本城。震災で壊れてしまったけれども、壊れっぱなしではなく、みんなで力を合わせて治しましたね。それが地域のシンボルだったから。首里城も、燃えてなくなってしまっても、そこに想いがあって治そうと。逆に言うと雪割納豆は小さいものですが、誰かしら残したいと思えば残る。それがたくさんの人で支えられているか、2,3人で支えているかの違いですが、誰かが残さなければ残りません。では残すために何をすればよいかというのは、その時の人たちが大なり小なり考えていかなければなりません。
ですと、残していくために、今佐野さんが手掛けている、ということなんですね。
兄はよく「雪割納豆」を食の遺産といいますけれど、私は遺産という言葉はできるだけ使わないようにしています。なぜかと言うと、やっぱり生きているものだし、今あるモノだし、歴史は今つくっていくものだから。これはいろんな次元があって、当然過去の人がつくってきたものがあって、今僕らがつくって行くのも歴史です。これは自由。雪割納豆が取材で取り上げられる理由は、伝統発酵食品、承継されてのこっているものとして注目してもらっているのですけれども。でも僕は、そこは協調しないようにしています。それは雪割納豆も新しいステージにいかなければいけないと思うからです。もう原形をとどめないような進化の仕方だって、別に否定はしません。そこは多様な展開があって、可能性を閉じてはいけないと思っているからです。
可能性をまだまだ秘めている「雪割納豆」をどうしていきたいか教えていただけませんか?
今後についていろいろありますが、麹屋さんとの関係が一番ですかね。
今の商売のあり方は、醤油屋さん、味噌屋さん、何々屋さんっていうのがなくなってきていますよね?豆腐屋さんも無くなってきているし。30年前にはお豆腐屋さん、八百屋さん、魚屋さんに買いに行くのが当たり前でしたが、今はほとんどなくなってきました。これからもっと無くなっていくと思います。今うちは納豆を自分でつくっていて、麹は別にお願いしており、お互いがなくなってしまうと大変です。後継者の問題もあります。流通にのせられない商品はどうしても先細ってしまって、売りたくても売れないという現象が必ず出てきてしまうので、それを変えていかなければなりません。そこで今年度の取り組みは、納豆を残しながら協力してくれている麹屋さんと一緒に取り組みましょうと。お互いの商品ブランドは残して展開していくのですが、製造や流通や販売という部分を一緒にやりましょうということを進めています。
それぞれが残って行く意味としては、それぞれの技術を繋ぐためですか?
はい。あとは麹やさんが急にやめるとなった時に私たちが困ってしまうからです。病気になって明日からできなくなる、というのも困ります。あとは効率化も含めて検討も。いろんなところで食べてほしいと思います。今はニューヨークでも納豆が流行っていますからね。
僕が最近やっているのは、ひきわり納豆に、雪割納豆を2:1ぐらいで足して、種をつくる。それをパンに塗って、チーズをのせて焼いています。もっと外国人だったり、納豆を食べたことのない人にアプローチするような、いろんなレシピが出てきた方が面白いと思いますし、納豆はこれまでソウルフードでしたが、あるいは日本のドメスティックな伝統食でしたが、グローバルフーズになることを秘めているので。実際納豆のマーケットというのは東日本大震災ぐらいから伸びています。これは麹納豆ではなく、通常のパックの納豆ですけれども。東南アジアでは納豆をつくっています。これは商業的な生産ではなく、五斗納豆のような民族的な食ですけれども。納豆は、中国から日本、そして東南アジアぐらいのなかで、多元的に発生したというのが今の研究で言われており、そのバリエーションの一つが日本の納豆です。ニューヨークではここ最近、納豆を作って売っている方も出てきていて、インスタで違う食べ方でを載せていたりも。日本人からしたら、何その食べ方って思うかもしれませんが、おそらく食文化がブレイクする時というのはそういうある種の異文化が違う方法で食べていくという時なのかなと、僕は楽しみに思っています。
食卓でみんなで食べてほしいと言っても継続は難しいですよね。多様化する風景が出来上がったらいいと思います。何にどう使うかは自由ですから。
できなくはないと思いますが。その価値があるかどうか。300円のお歳暮のスタイルを確立すれば。3000円の納豆ってなかなか高いだけですよね。いろんなニーズをいろんな人にアイディアだしてもらって、マーケティングしたいなとも思っています。
先ほど海外の人にもアプローチとおっしゃっていましたけれども、ネットで買えれば海外からの注文もできるのでしょうか?
発酵を止めていないので、飛行機の気圧の変化が気になります。お土産で海外に戻るときに自分で持ち帰るっていう人は、聞いたことがあります。だからたぶん大丈夫ですが。ただ、海外の人にとったら納豆はまだまだ食べられない人も。ニューヨークで食べられるようになったのはすごく大きな出来事でもあります。
今伺ったパンとの食べ方は斬新なので、スーパーフードをモデルなどが注目したらどんどん広がっていきそうな予感がしますね。
これからも食べ方を皆さんに提案していただきながら、楽しんでいきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。